泉涌寺
今回は泉涌寺あたりを探訪します。
泉涌寺までの この道沿いを徒歩で行くと以下のように有名寺院が次々と現れます。
泉涌寺道を行くと山門に着きます。ここから、入ります。
泉涌寺は藤原緒嗣が自らの山荘に神修上人を開山として創建。当初は法輪寺と称し、後に仙遊寺と改めたという。荒廃していた寺院を月輪大師・俊芿律師が再建したと伝わります。この時に領内に泉が湧き出たことから泉涌寺と改められました。
また、泉涌寺は四条天皇の御陵が造営されて以来、後水之尾、孝明天皇を始めその他皇族の御陵があります。宮内省の管轄で入場禁止ですが、現地に行ってみると墓陵の多さとその規模に驚嘆します。泉涌寺が御寺と言われるのがわかります。
唐破風門の月輪陵は閉じられていて近づくこともできませんが、実は一般の方の墓参道から陵内の様子が塀越しに見えます。
墓参道の先にも皇族の墓陵があります。また、写真の後ろの小高い山中にも江戸時代ぐらいと思われますがそこそこ古い墓があります。山中に狩野山雪の墓があるらしいのですがわかりませんでした。
後白河天皇の頭痛平癒の伝承から、頭痛封じの効験としても知られています。
泉涌寺を後にして、東福寺駅に向かいます。とりあえず、東大路通りまで来た道(泉涌寺道)を戻ります。東大路通りを横断しさらに行ったところに夢の浮橋の石碑があります。説明板によると、泉涌寺に詣でる本道に架けられていた橋で、古くは大路橋や落橋と呼ばれていました。夢の浮橋という名は源氏物語からこの世の無常の様が夢のごとく、波に漂う浮橋のごとくはかないものであるという例えからとったと言われています。川は泉涌寺の後ろの山から流れていて鴨川に注いでいます。今は暗渠となり橋は取り外されているとのことです。
泉涌寺道を東福寺駅のある本町通りで左折します。しばらく行くと瀧尾神社があります。説明板によると由緒ははっきりしないが、大丸創業の下村家の援助によるものだそうです。こそれよりもここは拝殿の天井の見事な竜の彫刻で知られています。私もこんなものは始めて見ました。
東福寺から帰途に着きます。
(2014年3月2日)