京滋探訪

2013年にブログを開設しました。京都の各地に行って見聞きしたものや感じたことを書いています。

東福寺展

京都国立博物館の東福寺展を見に行きました。最後に講演会を聴講しました。 東福寺は九条道家が、藤原忠平(貞信公)創建の法性寺跡に創建しました。円爾(聖一国師)に開基を要請しています。 今回、一部写真OKとのことで撮らせていただきました。 ・ 焼失…

源氏物語ゆかり7 宇治十帖

源氏物語宇治十帖を廻りました。物語が最初にあって、後の時代の人びとが、そうであろうという場所に駒札を建てています。今でいう聖地巡りです。 宇治十帖は光源氏亡き後の源氏の子孫に話が移ります。また舞台が洛中から宇治に代わります。主人公は薫と匂宮…

新徳寺

壬生の新徳寺を拝観しました。 新徳寺は、将軍・徳川家茂上洛に際して、将軍護衛の目的で集められた234名の浪士を率いた清河八郎が、尊王攘夷の大義を説いた所です。234名の浪士は、写真の本堂に集められたそうですが、大勢の浪士が入るには少し狭く、一部は…

奈良国立博物館 聖地南山城展

奈良国立博物館の特別展示南山城展に行きました。 浄瑠璃寺の九体阿弥陀の修理完成記念で催された展覧会です。 京都府の南山城の寺院に伝来した文化財なので、本来なら京都国立博物館が主体となるのですが、南山城は地理的にほぼ奈良県で、奈良の影響が強い…

雨宝院

久ぶりに雨宝院に行きました。 嵯峨天皇の病気平癒祈願の功績により、嵯峨天皇の離宮・時雨亭を空海に下賜されたことに始まります。 本尊は歓喜天です。ものはヒンズー教の神様で、よくインド料理の店にある、象の姿の神様と同じものです。 今はこじんまりし…

美山かやぶきの里

美山かやぶきの里は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。正式名は「美山町北伝統的建造物群保存地区」です。江戸時代より50戸ほどの農家が維持されてきたそうです。かやぶき屋根は最近ではほとんど見かけませんが、昔はこのようなのどかな田…

出雲大神宮

亀岡の出雲大神宮に行きました。 祭神は大国主命と夫人の美穂津姫命です。鎮座は神代とのことですが、社殿の創建は709年とのことです。ここは不思議な神社で「丹波国風土記」に出雲大神宮の大国主命を出雲大社に遷すとあり、そのことからこの社を元出雲と称…

大徳寺本坊伽藍

大徳寺の本坊伽藍の特別公開に行きました。 勅使門・山門(金毛閣)・仏殿・法塔・唐門の順に拝観しました。 残念ながら唐門以外は撮影禁止でした。 いつもは入れないようになっている勅使門の横の柵の扉から入りました。 山門は連歌師宗長の寄進により一階…

金峯山寺と吉水神社(番外編)

足を延ばして奈良県の金峯山寺に行きました。 参道の入り口に高麗門があります。 蔵王堂の本尊・三体秘仏 蔵王権現が特別公開しています。今回の公開は、仁王門修理の勧進を目的としているそうです。 金峯山寺は役行者の創建で、蔵王権現を感得したとのこと…

十二月十二日

祇園で食事した時、食堂のドアの内側に「十二月十二日」の逆さ札が貼ってあるのを初めて見ました 12/12は石川五右衛門は釜焼きになった日で、「十二月十二日」と書いた札を逆さにして、玄関に貼ることで泥棒避けになります お店の方に聞きました。 お札は一…

鎌逹稲荷神社

鎌達稲荷は、御前通沿い西寺跡公園の東端にあります。梅小路の軌道拡張のため、梅小路から現在地へ移転されました。安倍晴明の子孫・土御門家が祭祀を執り行った経緯があります。 このあたりは土御門家の所領であったため、今でも、御前通のJR北側のあたりに…

源氏物語ゆかり6

丸太町通御前の京都市立朱雀第二小学校の中に、平安宮西限に位置する左馬寮跡・藻璧門跡の碑があります。左馬寮はその名のとおり、馬の飼育、調教する役所で、左馬頭はその長です。 2巻「帚木」では、五月雨の夜、17歳になった光源氏のもとに、頭中将が訪ね…

伊予瑞応寺(番外編)

愛媛県新居浜市の瑞応寺に行きました 毎月18日に行われる観音講に参加しました 観音講は本堂にお詣りする前に、輪蔵を回します この、輪蔵は北野天満宮の門前、影向松の近くにあったもので、明治の神仏分離令で、売りに出され瑞応寺に移築されました 足利義…

北野天満宮梅酒まつり

北野天満宮の梅酒祭りに行きました 絵馬所ともみじ苑で試飲できます 梅酒とはいえ、いろんな種類があり楽しめました。 今年で、4回目だそうですが、コロナ下ではありますが、混雑していました。若い方が多かったです (2022年11月5日)

源氏物語ゆかり5

朱雀院は四条通七本松あたりにありました。 嵯峨天皇の創建になります NISSHAさんの敷地内に説明板があります 源氏物語では、桐壺帝の子・朱雀帝(源氏の異母兄)の御所となっています。 夷川通西洞院の夷川児童公園は陽成院の御所がありました。 源氏物語で…

源氏物語ゆかり4

石山寺を拝観しました。 石山寺本堂は珪灰石の上に建っています。そのためか、一部懸け造構造になっています 紫式部がここで源氏物語の構想を練ったと言われています。宇治川畔の景色が「須磨」「明石」の巻と重なります。 そうではないという説もあるようで…

源氏物語ゆかり3

千本丸太町あたり、平安宮の源氏物語ゆかりの地を歩きました。 今では面影はないですが、このあたりが内裏の建物群があったところで、源氏物語の中心となる舞台です。 宜陽殿は、京都御所にもあり、歴代天皇の御物の保管場所です。「若菜上」で、源氏の四十…

源氏物語ゆかり2

大徳寺に行ったついでに、雲林院に寄りました。 ここは源氏物語ゆかりの地で、賢木巻で藤壺と関係を持った源氏が、その後、藤壺が源氏に会ってくれないストレスから雲林院へ出家しようとします。雲林院は源氏の母君・桐壺帝更衣(御息所)の兄が律師として勤…

矢田寺 送り鐘

8/16 矢田寺で、送り鐘を撞きました。 六道珍皇寺の送り鐘とセットでとよく言われます。お詣りは午前だったので、まだ参拝者は少なかったです。 平城京から洛中を転々とし、現在寺町通りの繁華街にある小さな寺院ですが、中に入ると荘厳な雰囲気があります。…

仁和寺金堂、御影堂

京の夏の旅で、仁和寺金堂と御影堂を拝観しました。 金堂は御所紫宸殿を新設したために、旧紫宸殿を移築したものです。 阿弥陀三尊、四天王、梵天、帝釈天など配置されていました。金堂内は彩色の西方極楽浄土が描かれていました。 阿弥陀は南面していました…

鬼切丸(髭切)と薄緑(膝丸)

京の夏の旅で、源氏の重宝 鬼切丸と薄緑を見ました。 どちらも源満仲によって鍛えられ、代々源氏棟梁に伝えられてきたものです。 鬼切丸は別名髭切といい北野天満宮の所蔵で、天満宮の宝物館で展示しています。 滋賀県の最上家に伝来していたものを、北野天…

山科家と山科の歴史展

橘大学図書館の「山科家と山科の歴史展」を見ました。 橘大学のあたりに山科御所、御影堂があったそうです。 山階御所は、丹後局・高階栄子が後白河院より所領を譲られ、建立したものです。 丹後局の子・藤原(冷泉)教成が相続し、公家山科家の誕生となりま…

明石博高

歴彩館に行った時にの明石博高のシンポジウムを聞きました。 明石博高と言えば、舎密局立ち上げぐらいしか知らなかったですが、それ以外でも京都の近代化に貢献したことを知りました。 生家は四条堀川角の薬屋。 儒者・桂文郁に古典医学を、清水寺月照に国学…

源氏物語ゆかり1

昨年の5人会で、会のメンバーで観光ガイドされているMさんに内野の、源氏物語ゆかりの場所を一部案内いただいたことから、自分で巡ってみようと思います。 今回は御所東、寺町通沿いのゆかりの場所を行きました。 1) 廬山寺 紫式部邸宅跡と伝わります。ここ…

黒田百年桜

左京区京北に桜を見に行きました。 黒田百年桜以外に桜で有名な魚が渕吊り橋、福徳寺も行きましたが、百年桜に合わせたので、残念ながら散っていました。 百年桜は八重の中に一重が混ざる珍しいもので、佐野藤右衛門によって開発されました。春日神社の境内…

興聖寺(織部寺)

西陣の興聖寺は普段は非公開ですので、今回、京の冬の旅で初めて拝観しました。 興聖寺は慶長八年(1603)に、虚応円耳(きいんえんに)を開山として、大名茶人・古田織部により建立されました。 方丈だけは、写真撮影可ということで撮らせていただきました…

嵐山花灯路の最終日

嵐山花灯路は今年で終了するとのことで、最終日に行きました。最初で最後の嵐山花灯路です。17時からですが、早めに嵐山に入りました。 法輪寺に行きました。ここの本尊は虚空蔵菩薩で干支が丑虎の人の守護神となります。狛犬も牛虎です。また、ヒツジは虚空…

八坂神社

今年、八坂神社本殿が国宝に、他の26棟が重文に指定されました。 南楼門 大国主社 北向蛭子社 太田社 疫神社(蘇民将来社) 美御前社 悪王子社 (2021年10月23日)

真珠庵

大徳寺塔頭・真珠庵の方丈襖絵修復記念の特別公開に行きました。 真珠庵は一休宗純を開祖として、堺の豪商・尾和宗臨や一休弟子たちによって創建されました。 真珠庵は寺内一切撮影禁止なので残念です。 方丈は曾我蛇足筆『四季花鳥図』・『四季山水図』・『…

梅宮大社

橘氏の祖、県犬養橘三千代(藤原不比等夫人)が山城国の相楽郡井手(現綴喜郡井手町)に祖神の酒解神を祀ったのが始まりと言われています。平安遷都後の嵯峨天皇の時代に檀林皇后が現在地に移したとされます。 檀林皇后は皇子に恵まれなかったが、当社に祈願し…