京滋探訪

2013年にブログを開設しました。京都の各地に行って見聞きしたものや感じたことを書いています。

高瀬川(今出川~二条)

2010年夏を過ぎ日差しが緩くなった9月に今出川通から二条通高瀬川沿いを探訪しました。
今日は京阪電車で三条から出町柳まで行きました。河原町と川端の間にある加茂大橋(下写真:向こうの建物は京都府医大)からスタートし、河原町今出川まで行きます。
平安京の東端は寺町通あたりだったので、そこから東にある河原町通や鴨川は洛外でした。藤原道長創建の法成寺は洛外の河原町今出川あたりにあったと伝わります。
 
イメージ 1
 
河原町今出川を下がり、すぐ小路を左折します(河原町通の東側)。しばらく行くとセントトーマス学院の洋館があります。この建物は武田五一が設計したもので明治時代の貴重な建造物です。拝観不可です(外観写真は掲載しません)。
 
その学院の横の路地を通り、鴨川のほうに行くと高瀬川の取水口(下写真)があります。現在はここが高瀬川のスタート地点になります。コンクリートの下のスリットから入り、しばらく暗渠として丸太町通まで下ります。
高瀬川は江戸時代に角倉了以により豊国寺再建の資材を運搬する目的で開削されたそうですが、その後、物資の運搬に重宝されました。今は幅も狭く、かつ浅くなりましたが古都の風情を楽しむことが出来ます。
 
イメージ 6
 
ところで、このあたりの町名は梶井町と言います。下の写真の向こうに見えているは京都府医大ですが、やはり同じ町内です。というのもこのあたりは公家の梶井家の所領でした。一般には三千院の梶井門跡として知られています。ここらあたりに公家屋敷が多かったのは京都御所からほど近いのと無縁ではありません。
 
 
イメージ 9
ここからそのまま下ると府立医大でどんつき(京都人は行き止まりのことをこう言います)になるので、一旦河原町通に出ます。
河原町通の西側、ちょうど蘆山寺の裏手に秀吉が築いた御土居跡があります。
現存しているのは数か所で、北野天満宮御土居は長くて有名です。
 
 
イメージ 10
 
府立医大を下がったところから再度東に曲がり小路を行くと、宿泊施設KKR京都くに荘があります。ここは明治になってからですが昭和天皇皇后の実家の久邇宮邸があったところです。幼少のころ一時期お住まいになられたとかが植込みの説明板に書かれています。
 
イメージ 11
さらに下り、東三本木通に行きます。この通りは今は普通の住宅街になっていて面影はまったくないですが、江戸後期から明治にかけて遊郭街でした。当時の遊郭がどんなところだったのかわかりませんが、今の風俗街とは少しニュアンスが違うような気がします。
というのも、次に示すようにこの小路にはいろいろドラマがあったようです。
吉田屋跡:幕末の勤王志士たちが密会を繰り返す。桂小五郎愛妾・幾松が過ごす。
立命館草創の地:1900年、京都法政学校設立
頼山陽・山紫水明処:大日本史をここで執筆。予約をしておくと拝観出来るそうです。
 
イメージ 12
イメージ 13
イメージ 14
さらに下がると丸太町通りに出ます。鴨川沿い丸太町通の南側に面して旧京都中央電話局上分局のりっぱな目立つ洋館が建っています。そこは以下のような変遷があります。
九条殿屋敷→女紅場→電話局
電話局の建物はそのままで→カーニバルタイム(西洋クラブレストラン)→スポーツジム→スーパーマーケットフレスコ
 
私が京都に来たのが30年ほど前ですが、その時はカーニバルタイムでした。何回か行きましたが、それからおそらく20年ぐらいはレストランだったと思います。フレスコになってから興味本位で覗いたことがありますが、スーパーマーケットにしては変なところに柱や壁があり、往時を知っていますのでなつかしかったです。
 
イメージ 2
 
丸太町通をさらに下ったところの、職員会館かもがわの敷地内に桂小五郎の京都別邸(下写真)が残っています。先ほどの電話局は九条屋敷跡でしたが、桂小五郎の邸宅は近衛屋敷跡です。冒頭からありますように今出川通から公家屋敷跡をずっとめぐってきています。
イメージ 3
 
さて、職員会館かもがわの北あたりでそろそろ高瀬川の暗渠が終わる地点なので鴨川のほうを見に行きます。下の写真にあるようにここから高瀬川は日の目を見ます。
 
イメージ 4
職員会館かもがわの小路に戻り、少し下がると舎密局跡があります。現在、銅駝美術工芸高校になっています。
イメージ 5
 
二条通まで下ると、高瀬川木屋町通の西に進路を変えます。この時、下写真の柵のほうにう流れていき、がんこ高瀬川二条苑(料理屋)に入り、園庭を流れます。
(がんこが堰き止めると高瀬川の水が流れなくなります)
がんこに行けば、園庭は自由に散策出来ますし、お値段も手ごろだと思います。
 
イメージ 7
 
がんこ高瀬川二条苑を出た高瀬川は、下の写真にあるように、左に見えている木屋町通りの下をくぐり一之舟入に流れていきます。
イメージ 8
ここから、京都市役所前まで近いので地下鉄東西線で帰路につきます。
 
(2010年9月5日)